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『15世紀』ルネサンス -活版印刷術の発明-


解説

 ルネサンス最盛期。ルネサンスの三大発明の一つ活版印刷術がドイツのグーテンベルクによって発明された。この技術は、15世紀末までにヨーロッパ各地に伝わり、主要な都市で活版印刷術による印刷が始まった。その15世紀中頃から世紀末までの約50年間に印刷された刊本は、特にインキュナブラ(Incunabula)と呼ばれている。インキュナブラという言葉は、ラテン語で「揺藍(ゆりかご)」を意味していたが、転じて「物の発達のはじめ」という意味で15世紀の印刷術を表現し、やがて15世紀刊本自体を意味する名詞として使用された。書誌学上、1501年以降に印刷されたものと区別されている。この発明は、書物の制作を従来の写本よりも迅速・安価にし、新しい知識や思想の普及に大きな役割をはたすこととなる。


1.「42行聖書」零葉 1455年頃 グーテンベルク印行

Gutenberg, Johannes.(1397?-1468)
A Noble Fragment Being a Leaf of the Gutenberg Bible,ca.1455.

 本書は、印刷術の創始者グーテンベルクが発明した活版印刷術により、初めて印刷されたラテン語聖書として知られている。発行総数は160から180部と言われ、そのうち約4分の1が羊皮紙に、残り4分の3が紙に印刷された。現存するものは48部で、そのうち完本は21部とされている。一般的には「グーテンベルク聖書」として有名であるが、1頁が概ね42行で印刷されているため「42行聖書」とも呼ばれている。この零葉は、1921年にアメリカにあった不完全本がバラバラにされニューヨークで売りに出されたものの一つであり、旧約聖書レビ記の一部分で第23章の途中から第25章の途中までである。第24章では、「・・・目には目を、歯には歯を持って・・・」という有名なくだりの部分が含まれている。

「42行聖書」零葉


2.プリニウス「博物誌」第3版 1472年 ニコラ・ジャンセン印行

Plinius Secundus, Gaius.(23-79)
Historia Naturalis.

 プリニウスは、ローマの政治家、著述家。学問、特に博物学に関心が深く、彼の現存する唯一の著作がこの「博物誌」である。この原本は、古代ギリシャよりローマにいたる2,000点の書物より約2万件の事項を抜き出してまとめた一種の百科事典で、全37巻からなる非常に膨大な、しかもよく整頓された<理科全書>のようなものである。
 本書は、ローマン体活字の完成者であるフランス人ニコラ・ジャンセンの手によって、ヴェニスで印刷されたものである。19世紀末にイギリスで私家版印刷所を開設したW・モリスに影響を与えた。


3.トマス・ア・ケンピス「キリストに倣いて」初版 1473年 ギュンター・ツァイナー印行

Thomas A Kempis.(1380?-1471)
De Imitatione Christi.

 本書は、修道士がキリストの教えに従って生活すべきことをすすめた書で、キリスト教の古典として聖書をのぞけば、おそらく本書ほど広く読まれた本はないであろう。ラテン語の原文は何千回も出版され、世界各国語に訳された。
 本書の著者については、数百年の間、多くの学者たちによって議論がたたかわされてきたが、現在ではドイツの神秘思想家で聖職者であるトマス・ア・ケンピスというアウグスティヌス会の修道士とされている。本書には「誰がこれを言ったかと詮索しないで、何を言ってあるかに注意せよ」とあり、著者が不明であることは、また著者の本望とするところである。従って、原著の著作年も不明である。展示の書は、アウグスブルクの印刷者、ギュンター・ツァイナーによって最初に印刷されたものである。


4.「ラテン語聖書」 1478年 アントン・コーベルガー印行

Biblia Latina.(with additions by Mewnardus Monachus)

 ドイツの印刷業者、アントン・コーベルガーによって印刷されたラテン語聖書。コーベルガーは、初期印刷術において最も成功したニュルンベルクの印刷者である。最盛期の1485年頃には、100人の植字工と印刷工を使い、24台の印刷機を操って200種以上の書籍を印刷した。彼は、1475年に最初の聖書を印刷し、全部で15点の聖書を印刷出版しているが、本書はその第3番目の「ラテン語聖書」である。


5.アリストテレス「自然学著作集」 1482年 フィリッポ・ディ・ピエトロ印行

Aristoteles.(B.C.384-22)
Opera de naturali philosophia.(with additions by Petrus Antonius Sforzantes)

 アリストテレスは、ギリシャの哲学者。古代ギリシャにおける自然学は既にソクラテス以前の哲学者たちにおいて理論的な発展をみていたが、アリストテレスは、その思弁的な傾向に詳細な自然観察による科学的アプローチをとりいれ、近代自然科学の方法論的基盤を築いた。
 ラテン語版アリストテレス著作集としては、1479年にアウグスブルクで刊行された4巻本があり、「オルガノン」と「自然学」を収録している。本書は2番目の印刷本であるが、アリストテレスの自然学に関する論文を集めたものとしては最初の著作集である。印刷者のフィリッポ・ディ・ピエトロは、西洋古典を中心に1474年からヴェニスで印刷を始め1482年頃には活動を終えており、本書は晩年の作である。


6.ユークリッド「幾何学原論」初版 1482年 エルハルト・ラートドルト印行

Euclides.(B.C.330頃-275)
Elementa geometriae.

 ユークリッド(エウクレイデス)は、紀元前300年頃のアレキサンドリアの数学者。ギリシャ幾何学、即ち<ユークリッド幾何学>の大成者。「幾何学原論は、ピタゴラス以来のあらゆる初期ギリシャの数学的知識を集大成し、一貫した体系に組織して編集したもので、今日でもなお世界中で使われている最古の数学テキストである。聖書を除けば、世界に本書ほど広く流布し、多く出版されたものは無いであろう。
 本書は、1482年にアラビア語からのラテン語訳としてヴェニスで刊行された最初の印刷本であり、幾何学的図形を伴って印刷された最初の本格的な本である。そして本文に添えられた図の細心さとわかりやすさは、以後の数学書のモデルとなった。

ユークリッド「幾何学原論」初版


7.ヒグデン「ポリクロニコン」初版 1482年 カクストン印行

Higden, Ranulphus.(?-1364)
Polycronycon.

 「ポリクロニコン」は、14世紀初頭のイギリスのベネディクト会修道僧であったヒグデンが当時の知識を集成したもので、天地創造から当時までの世界史(いわゆる年代記)を制作すべく、40ほどの情報源から世界地理の説明と6つに分けた世界の歴史を編集した。1340年代に彼はこの仕事を降りたが、後継者によってリチャード2世の時代まで続けられた。この著作は多くの奇跡と超自然現象の記載も含むが、14世紀の歴史、地理、科学の知識を収載し、2世紀以上その人気を保った。
 1387年トレヴィサのジョンがラテン語から英語へ翻訳し、英国で最初の活版印刷者として知られるW.カクストンによって、ウェストミンスターで1482年に初めて刊本となった。


8.トマス・アクィナス「神学大全」初版 1485年 ミヒャエル・ヴェンスラー印行

Thomas Aquinas.(1225-74)
Summa theologicae.

 トマス・アクィナスは、イタリアの神学者、哲学者、聖人で中世のスコラ哲学の大成者。「神学大全」は、著者の晩年に書かれた彼の神学的、哲学的体系の書であり代表的著作である。通称「神学的スンマ」と呼ばれ、原著は1266年頃執筆がはじめられ、1273年に著者死亡のため未完のまま終了した。この著作は全編3部からなり、最初の印刷本としては1471年に第2部が、1473年に第1部が、1474年頃には第3部がそれぞれ別な印刷者によって刊行されている。この膨大な著作を余すところなく出版する企画は、1485年になって本書によって実現された。バーゼル第二の印刷者、ミヒャエル・ヴェンスラーによって第1部、第2部第1部、第2部第2部、第3部と、全4部が刊行され、同時代の製本で1冊に合綴されている。

トマス・アクィナス「神学大全」初版


9.ルクレティウス「物の本質について」第2版 1486年 フリーデンペルガー印行

Lucretius, Titus Carus.(B.C.94-55頃)
De rerum natura.

 ルクレティウスは、紀元前94-55年頃のローマの詩人で、哲学者であるが、その生涯についてはほとんど何も知られていない。彼の唯一の著作とされているのがこの「物の本質について」という哲学的教訓詩である。ルクレティウスの主題は複雑で、迷信の拘束から離れて精神を自由にするという彼の切なる願望は、自然の法則の説明の中に表現されている。それはアトムの自然の運動に依存していることを示すもので、すべての物質はアトムでできていると言う。
 ルクレティウスの最初の印刷本は、1473年頃ブレッセで出版されており、展示の書は1486年にヴェローナで出版されたものである。


10.アウグスティヌス「神の国」 1490年 アーメルバッハ印行

Augustinus, Aurelius.(354-430)
De civitate dei.(bound with: De trinitate.)

 アウグスティヌスは、古代キリスト教の最大の教父である。本書は、41年頃ローマに起こった大災害が古いローマの神々を忘れてキリスト教を信じたためであるとの非難に反駁して、「神の国」と「世の国」を対立させることによって、大規模のキリスト教護教論を展開した書。原書は、413年頃執筆にとりかかり426年頃までの14年間に全22巻が書き上げられた。キリスト教の地盤の上に生まれた西洋最初の歴史の哲学ないし、歴史の神学であるといわれる。
 展示の書は、初期の印刷業者の一人ヨハネス・アーメルバッハによりバーゼルで印刷されたもので、アウグスティヌスの他の著作が1点合本されている。


11.シェーデル「ニュルンベルク年代記」ラテン語初版 1493年 アントン・コーベルガー印行

Schedel, Hartmann.(1440-1514)
Liber chronicarum.

 本書は、ドイツの医者で人文学者のハルトマン・シェーデルが、世界の歴史・地理に関する奇事、異聞を収録した「世界年代記」である。ニュルンベルク最大の印刷業者、アントン・コーベルガーによって、約2,000個の木版挿画を添えて印刷され、一般に「ニュルンベルク年代記」と呼ばれている。この書物は、後の出版物によって歴史書としての資料的価値は失われたが、その挿し絵、印刷またその木版画や諸都市についての記述は高く評価されている。グーテンベルクの「42行聖書」についで15世紀のもっとも有名な出版物である。同じ年に同じ印刷業者によって、ドイツ語版も印刷された。

シェーデル「ニュルンベルク年代記」ラテン語初版


12.レギオモンタヌス「プトレマイオスの天文学大全の抜粋」初版 1496年 ヨハン・ハマン印行

Regiomontanus.(Johannes Muller)(1436-76)
Epytoma in Almagestum Ptolemaei.

 本書は、ギリシャの天文学者プトレマイオスが、ギリシャ天文学を集大成した「アルマゲスト」の最初の印刷本で、ヴェニスで印刷された。コペルニクスの「天体の軌道について」、ニュートンの「プリンキピア」と並び天文学上の3大古典に数えられている。「アルマゲスト」は、ギリシア最大の天文学書であったばかりでなく、中世を通じて最も権威を持った天文学書である。したがって、千数百年にわたって天文学界を支配し、その天動説を通じて、多くの人々の宇宙観の中心となった。
 ヨーロッパの天文学は、「アルマゲスト」の研究によって初めてギリシア天文学の水準に到達することが出来たといわれるが、その十分な理解は、ヨハン・ミューラーによって初めて可能となった。ミューラーは、レギオモンタヌスの名でよく知られたドイツの天文学者、数学者である。